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小黒祐一郎 Yuichirou Oguro
美術館でレイアウトの展覧会をやると聞いて、なんてマニアックな企画だろうと呆れた。そして、同時に感心した。
レイアウトとは、アニメーションの制作過程で描かれるもので、通常はファンが目にする機会のないものだ。呆れたのは、そういった制作資料をメインにした企画が成立した事についてだ。感心したのは、レイアウトがアニメの制作において、キーとなるものであるからだ。中でも、宮崎駿のレイアウトはアニメ技術史においても非常に重要なものだ。
個人的な話になってしまって恐縮だが、僕は学生時代から、宮崎駿のレイアウトの大ファンだった。中学から大学の頃、趣味でレイアウトを収集していた。時期でいうと『ルパン三世 カリオストロの城』(劇場作品・1979年)や『ルパン三世(新)』最終回(TV作品・1980年)の頃だ。さかのぼって『アルプスの少女ハイジ』(TV作品・1974年)や『母をたずねて三千里』(TV作品・1976年)、『未来少年コナン』(TV作品・1978年)のレイアウトも集めた。「天空の城ラピュタ』(劇場作品・1986年)の公開時に「天空の城ラピュタガイドブック」という書籍が出版されている。その巻末の「未発表 宮崎駿レイアウトコレクション」に掲載されているレイアウトは、当時、僕が所有していたものだ。
アニメがフィルムとセル画で作られていた頃、セルコレクターと呼ばれるアニメファンが大勢いたが、僕はセルよりも原画やレイアウトといった「紙」に興味があった。アニメーターが直接描いたものの方が、アニメの本質に近いような気がしたのだ。その中でも、宮崎作品のレイアウトに、他にはない魅力を感じていた。彼が描いたレイアウトに、宮崎作品の秘密があるような気がしていた。
あなたも、ここで展示されているレイアウトをご覧になって「この絵、なんだか、いいなあ」と思われたのではないだろうか。だとしたら、その魅力は一体何なのだろうか。僕も学生時代には、どうして自分が宮崎作品のレイアウトに惹かれたのか、それを分析することができなかった。ここで改めて考えてみる事にしよう。
レイアウトはアニメの設計図
まず、レイアウトとは何か?簡単に説明してしまえば、一枚の絵に、背景とキャラクターが描かれたものだ。画面中にキャラクター、大道具、小道具をどのように配置するかが指示されている。どれをセルで描くか、背景で描くのかが決められ、カメラワークも指示されている。これを元にしてアニメーターは原画を描き、美術スタッフは背景を描く。レイアウトとは、原画や背景の前段階として、1カットずつ画面を設計するためのものだ。
近年の日本のアニメーションでは、特に劇場作品では、実写映画を思わせるような、リアリティを感じさせる映像が求められる場合が多い。そういった作品では、特にレイアウトに力を入れる必要がある。リアリティを感じさせるタイプの作品でなくても、映像的に作り込んでいく作品ならば、レイアウトは重要だ。アニメーションのクオリティを左右するものといっても、大袈裟ではない。
レイアウトはいきなり描かれるわけではない。その前の段階として絵コンテがある。絵コンテとは、各カットの構図、キャラクターの芝居、カメラワーク、台詞、秒数などを記したものだ。一般的に絵コンテは監督、あるいは演出家によって描かれる。そして、絵コンテを元にしてレイアウトが描かれる。
レイアウトは、通常はそのカットの原画を担当するアニメーターが描く。『アルプスの少女ハイジ』や『母をたずねて三千里』での宮崎駿のように、レイアウト専門のスタッフがいる作品は、そのスタッフが描く。絵コンテは1ページに数コマ描かれる。つまり、ひとつひとつの絵は小さい。それに対して、レイアウトは原画や背景と同じ|サイズの、つまり、大きな紙に描かれる。絵コンテの段階でも、各カットの内容はプランニングされているが、レイアウトで、それがより具体的なかたちで決め込まれる。
もう少し詳しく説明しよう。アニメの作り方は制作会社によって、あるいは作品によって違いがある。レイアウトに関しても、重視している作品もあれば、そうでない作品もある。以下は宮崎作品、あるいは同様にレイアウトに力を入れている作品においての、レイアウトについての説明だ。
レイアウトで、実写でそのカットを撮るとしたら、どこにカメラを置くのか、どのように被写体をフレームに収めるのかが決められる。実写のレンズを意識した作品なら、どんなレンズを使うのか、つまり、標準レンズか、望遠レンズか、広角レンズか、そういった事を考慮して構図が決め込まれる。美術設定が用意されていない場面なら、レイアウトの段階で、その場面の美術設定が作られる。たとえば室内なら、どんな家具があり、どんな小物が置いてあり、それらがどのように配置されるのかがプランニングされるわけだ。その場面で、どちらから光が差しているかが指定される事もある。カメラワークも指示される。宮崎作品では、セルや背景をスライドさせるスピードまで指示されているのをよく見かける。透過光等の撮影指示が入れられ、3DCGを組み合わせるカットなら、画面のどこにどのように3DCGを組み込むかを指示する。
つまり、レイアウトとは、実写で言えばカメラマンの仕事であり、大道具や小道具の仕事を兼ねる場合もある。キャラクターの芝居にも関わるので、演出の領域の仕事でもあるわけだ。そういった様々な領域の仕事を、一枚の紙にまとめるのがレイアウトだ。映画的な空間を創る作業という言い方もできる。絵コンテは映画全体をプランニングするものであり、レイアウトは個々のカットを、より完成画面に近いかたちで設計するものなのだ。
『アルプスの少女ハイジ』の画面構成
ここで話は『アルプスの少女ハイジ』まで遡る。もしも、日本のアニメーションの技術史が本にまとめられるとしたら、『ハイジ』についてで、一章が割かれる事になるはずだ。技術に関して言えば、日本のアニメは「ハイジ以前」「ハイジ以降」に分けられる。それくらい『ハイジ』の存在は大きい。
『ハイジ』は高畑勲、小田部羊一、宮崎駿らが中心となって作ったTVアニメーションで、世界名作劇場シリーズの基礎を築いた作品である。『ハイジ』がエポックメイキングな存在である理由は幾つかあるが、その中のひとつが、宮崎駿の活躍である。彼は場面設定・画面構成の役職で参加している。場面設定としては、劇中に登場する風景、建物、小道具などをデザインし、画面構成としては、全話全カットのレイアウトを描いた。1人のスタッフが、TVシリーズ全話のレイアウトを全部描いた例は、その後もほとんど無いはずだ。それほど、彼の仕事は驚異的なものだった。
彼は『ハイジ』において、レイアウトを描く事で奥行きのある構図を作り、大道具、小道具、キャラクターを適切に配置した。レイアウト段階でデザインされた大道具、小道具も多かっただろう。『ハイジ』では複数のコンテマンが参加しており、構図の取り方が一定していなかった。宮崎はレイアウトを描く事で、絵コンテの構図を直していた。たとえば、絵コンテで極端にアオった構図、つまり、カメラが下から見上げて人物を撮ったようなアングルになっていた場合は、人間の自然な目線までカメラを上げた構図で、レイアウトを描いた。そういった直しが多かったそうだ。レイアウト段階で、キャラクターが何歩歩くかといった、芝居内容についても指示する事もあった。
撮影に関しても、コンテになかった指示をレイアウト段階で決めていたそうだ。また、これは厳密にはレイアウトの仕事ではないのだが、彼はレイアウトを描くのと同時に、アニメーターに渡すためのラフ原画を描いていた。そのラフ原画で、大体のキャラクターの芝居が指定されていたのだろう。アニメのクオリティは、レイアウトだけで決まるものではないが、彼の仕事が『ハイジ』の質的向上に多大な貢献をしているのは間違いない。
本放送当時に『ハイジ』をご覧になった事のある方はお分かりだろう。TVアニメーションとしては、かつてないほどにリアリティが感じられる作品だった。リアリティという言葉が適切でないなら、その舞台にキャラクターが本当にいるかのように感じられるフィルムだった。そうなったのは空間と時間がきちんと設計されており、的確に芝居が描かれ、質感を含めて事物がしっかりと表現されていたからだろう。生活感を重視した高畑勲の演出に沿って、宮崎駿が映像を設計する事によって、そのような作品が実現したのだ。
今の目で見ても『ハイジ』の映像は決して古びていない。それだけ、宮崎達の仕事が洗練されたものであったのだ。『ハイジ』では、セル画と背景の描き分けにも注目したい。かつて商業アニメーションでは、キャラクターは、輪郭をアニメーターが描き、それを転写したセルを均等に色を塗る事で表現されていた。今はデジタルで、同じ表現をやっている。背景は紙に筆で描かれる場合が多い。つまり、キャラクターと背景の質感が違うのだ。昔の作品では、なにをセル画で描き、なにを背景で描くのか区別が曖昧だった。たとえば、テーブルの上にコップがあったとして、コップが置かれているだけのカットでは、それが背景で描かれ、手に取ったカットではセルで描かれてしまうというような事がよくあった。ひとつのシーンの中で、コップの質感が変わってしまうわけだ。そういった変化は、注意深く作品を観ていれば、子供でも気になってしまう。
『ハイジ』ではそういった問題が解消されていた。たとえば、テーブルの上に置かれた皿、コップ、ナイフ、フォークといったものは、その場面で一度も動かなかったとしてもセルで描く。動くかもしれないものは、つまり、小道具はセルで描く。あるいは大道具や背景の一部でも、セル画で描いた方が適切に表現できるものはセル画にする。そういった決まり事で、画面が設計されていたのだ。アニメーションの様式にこだわって、画面が設計されていたのも『ハイジ』の新しさだった。
宮崎は『ハイジ』以前にも、場面設定・画面構成にあたる仕事をやっていた。それまでの仕事のひとつの集大成が『ハイジ』だったのだろう。その後、彼は『母をたずねて三千里』にも同じ役職で参加し、腕を振るった。『未来少年コナン』以降の監督作品(『未来少年コナン』におけるクレジット上での役職は演出)では、彼が全てのレイアウトを描くことはないが、宮崎の絵コンテを元に描かれたレイアウトを彼がチェックしており、ポイントになるレイアウトは、自身が描いているはずだ。
アニメ界に定着したレイアウトシステム
だが、誤解しないでいただきたい。レイアウトは高畑・宮崎が発明したものではない。海外の作品にもレイアウトはあるし、高畑や宮崎がアニメ業界に入る以前の劇場作品『白蛇伝』等にもレイアウトにあたるものはあった。そして、『ハイジ』以前のTVアニメにもレイアウトはあった。ただ、それは一部の例外を除いて、フレーム内でキャラクターと背景をどのように配置するかを、おおまかに指示するためのものでしかなかった。『ハイジ』のように、レイアウトの段階で、演出意図に沿った形で、全カットの画面を作り込み、その作品のカラーにまでした例は、少なくとも、それ以前の国内作品には存在しなかったはずだ。
だからこそ『ハイジ』のレイアウトは先進的だった。『ハイジ』や『三千里』のレイアウトシステムは、あるいは『未来少年コナン』以降のレイアウトシステムは、日本のアニメーションに大きな影響を与えている。
その影響はふたつあると考えられる。そのひとつが、演出家がレイアウトをチェックする工程についてだ。『ハイジ』以前は(そして、『ハイジ』以降もしばらくの間は)、ほとんどの作品が、アニメーターがレイアウトと原画を同時に仕上げ、それを演出家と作画監督がチェックするという形式で作られていた。その場合、演出家がレイアウトをチェックする段階で、すでに原画が上がっているため、構図を直すためには、原画も全部描き直さなくてはいけなかった。それはあまりにムダが多いやり方だった。あるいは『ハイジ』以前には、レイアウトを演出家の意図に沿ったものにするという発想が、アニメ界において一般的ではなかったとも考えられる。
今ではほとんどの現場で、演出家が原画の前にレイアウトをチェックするスタイルになっているはずだ。演出家がレイアウトをチェックする事で、より演出意図に沿った映像を作ることができるようになった。勿論、それはクオリティの向上につながっている。また、その発展形として、作画監督がレイアウトをチェックし、キャラクター等に作監修正を入れるスタイルも一般化している。
宮崎作品の影響だけで、原画の前にレイアウトをチェックするエ程が定着したわけではないのだが、その影響が多大であるのは、まず間違いない。『未来少年コナン』が放映された少し後に、この作品を製作した日本アニメーションから、他の資料集と共に、レイアウトをまとめた小冊子が発売された。ムックにもレイアウトが掲載されている。そういった印刷物で製作資料を目にして、レイアウトに対する意識を高めたスタッフは、少なくないはずだ。
また、宮崎作品では、絵コンテ段階でも丁寧に映像が設計されている。絵コンテとレイアウトのセットで、つまり、作画以前の段階で、演出意図に沿って画面を決め込んでいくスタイルが、アニメ界に影響を与えたという言い方もできる。「もうひとつの影響は(厳密には、この二つは分けられないのだが、ここでは分かりやすくするため、別の事として扱う)、前述したように、高畑や宮崎が関わったもの以外にも、レイアウトを重視し、映像を作り込んでいくタイプの作品が生まれたという事だ。近年のもので言えば、押井守監督、今敏監督、細田守監督の劇場作品などでは、宮崎作品に匹敵する、あるいはそれを上回る程の緻密なレイアウトが描かれている。中には『ハイジ』や『三千里』のように、レイアウトを担当するスタッフを立てた作品も存在する。そこまでではなくても、レイアウト段階で画面を作り込んでいる作品は増えている。
宮崎駿のレイアウトの魅力
ここで最初の話に戻る。宮崎駿のレイアウトの魅力とはなにか、という話だ。ここまでで述べたように、レイアウトは、アニメーション制作において非常に重要なものだ。そこには画面を構成するための創意工夫が詰め込まれている。レイアウトを見る事によって、作り手がどのように考え、どのように設計したのかを知る事ができるのだ。特に宮崎駿のレイアウトは、細部まで描き込まれたものが多い。ここまで描くのか!と驚かされるものも多い。
あるいは、画でしかないアニメーションの映像に、映画的な空間が構築されている事に快楽を感じてしまうのは、一部のマニアックなファンだけなのだろうか。いや、一般の観客も、そういった事に幾ばくかの気持ちよさを感じるのだと思いたい。だとするならば、アニメーション映像の元であるレイアウトで、空間が表現されている事にも感動が生じるはずだ。レイアウトにはそういった魅力があると思う。だが、それだけではない。
これは、宮崎作品以外に、レイアウトに力を入れた作品が現れた事で分かった事だ。先ほど、現在では他の監督の作品で、宮崎作品に匹敵する、あるいはそれを上回る程の緻密なレイアウトが描かれていると書いた。それは事実だ。例えば押井守監督の『機動警察パトレイバー2 the Movie』と『イノセンス』に関して、ふんだんにレイアウトが掲載された研究書が発行されている。そこに掲載されているレイアウトは、目を見張るほどに緻密であり、画的な情報量も多い。だが、そのレイアウトが、あるいはそのレイアウトを使って作られた画面が、宮崎作品のレイアウト、あるいはその画面よりも魅力があるかといえば、必ずしもそうではない。『機動警察パトレイバー2 the Movie』や『イノセンス』のレイアウト、あるいはその画面も見事に描き込まれたものであり、見応えがあるのだが、その魅力は宮崎作品のレイアウトに感じるものとは異なるものだ。
では、宮崎のレイアウトの魅力とは何なのか。今更言うまでもない事だが、彼は抜群に巧い絵描きである。その彼が描くレイアウトは、映像の設計図であるのと同時に「いい絵」なのだ。
宮崎駿がレイアウトを描いた作品で「いい絵だなあ」と思う事は多い。たとえば『ハイジ』なら、アルムの山の緩やかな傾斜のライン、大きな岩(その岩も、見た目に面白い形になっている)、それらが巧みに配置されて「絵」になっている。道を描くにしても、まっすぐに描くのではなく、ちょっと曲がった道を描く。その曲がり方のために「絵になっている」のだ。「絵」とは理屈だけで描く事ができるものではない。描き手の個性と生理で描かれるものだ。宮崎のレイアウトを見ると、そう感じる。どこまで描き込んで、どこを省略するのか。画面の中に人物、大道具、小道具をどう配置するのか。その大道具や小道具をどんな形状にしていくのか。そういった事の積み重ねで「絵」にしていく。宮崎の場合は、描いていく中で、リアルさよりも、絵としての収まりの良さを優先させている場合も多いのだろう。宮崎駿のレイアウトは映画的な空間を設計したものであり、それと同時に「いい絵」なのだ。鉛筆による描きっぷりの見事さ、ラフであるがゆえのプリミティブな味わい、そういった意味でも「いい画」だ。
自分が、宮崎のレイアウトに惹かれたのは、そういった理由だったのだ。あなたが展示されているレイアウトを見て「この絵、なんだか、いいなあ」と思ったとしたら、同じ理由だろう。なんというシンプルな結論。だけど、学生時代に「君は宮崎駿のレイアウトのどこに魅力を感じるの?」と訊かれたとしても、僕は「いい画だからだ」だと、簡潔に言葉にする事はできなかったはずだ。もっと言えば、映画的な空間を巧みに表現しており、なおかつ「いい絵」だから惹かれたのだ。空間を表現しただけでは、あるいは、「いい絵」であるだけでは、それほど惹かれはしなかっただろう。
そして、レイアウトが映像の設計図であるならば、取りも直さず、それを元にして作られた映像もまた「絵」となる。映画的な空間が表現されており、同時に「いい絵」である事はレイアウトだけでなく、全ての宮崎作品の映像に共通するものだ。宮崎作品の映像はリ「アリティはあるが、超リアルではない。作り物ならではの面白みがある。多くの観客が宮崎作品の映像に、心地よさを感じているだろう。宮崎のレイアウトは、映画的空間を設計すると同時に、その心地よさも作り出しているのだ。
Profile
1964年、埼玉県生まれ。ライター、編集者。『アニメージュ』(徳間書店)などで執筆するほか、アニメーションの企画などにも携わるなど幅広く活動。雑誌『アニメスタイル』のWEB版『WEBアニメスタイル』では、編集長を務めている。編集プロダクション・有限会社スタジオ雄、出版社・株式会社スタイルの取締役社長。
ここでは、アニメーション制作における「レイアウト」の位置づけと、レイアウトが描かれている用紙について簡単に説明をします。
■アニメーションの制作工程における「レイアウト」の位置
日本におけるアニメーションの制作工程はおおよそ以下のようになっています(ただし、アニメーションの制作スタジオやスタッフによる違いはあり、また、3DCGアニメーションの場合は制作工程も大きく異なってきます。スタジオジブリにおいても、作品によって若干の違いはありますが、ここでは大まかな流れとしてまとめています)。

■絵コンテからレイアウトへ―アニメーションの制作工程
絵コンテ
絵コンテは、アニメーションを制作するためのベースであり、映画全体の「設計図」にあたります。絵コンテには、大まかな画面の構成や、カット内でのキャラクターの動き、カメラワーク、カットごとの秒数、演出の指示などが書かれたト書き、台詞、効果音等々、画面を構成するために必要な要素が書かれています。
絵コンテは、おもに監督や演出家が執筆します。例えば、宮崎駿監督作品の場合は本人が書き、高畑勲監督作品の場合は、高畑監督がラフにつくった絵コンテを元に、絵の部分を別の人間がクリンナップするというかたちがとられています。
絵コンテがつくられる前段階には、脚本の執筆、イメージボードの制作などがあります。しかし、宮崎駿監督作品の場合は例外的に、大まかなプロットや構成をもとにして、正式な脚本のかたちを経ずに、絵コンテを書くというのが通例となっています。
レイアウト
レイアウトは、絵コンテで決められた大まかな構図をもとに、具体的にカットごとの画面を設計する作業です。絵コンテが映画全体の「設計図」であるとすれば、レイアウトは個々の場面(カット)の「設計図」であると言えます。絵コンテに描かれている1カットごとの絵は、作画(原画および動画)、背景、CG、仕上などに分担してつくりあげるため、それを集中管理するものが必要であり、その役割・をレイアウトが担っています。また、あらかじめレイアウトをつくっておくことによって、その後の作業を同時並行に行うことが可能となり、作業の効率化を図ることも可能となります。
*こういった「レイアウトシステム」自体の詳細については、高畑勲監督による寄稿文「レイアウトはアニメーション映画制作のキイ・ポイント」(P5~)も併せてお読み下さい。
作画
レイアウトはおもに、そのカットの原画の担当者が描きます。演出および作画監督のチェックを受けたレイアウトをもとに、キャラクターの動きなど、作画で描くべき部分を、原画担当者が自ら描きます。
背景
レイアウトをもとに、背景(BG)と指示のある部分を、背景画の担当者が描きます。また、カットによっては背景画の担当者もしくは美術監督が、レイアウトをもとにして、より詳細な「背景原図」を描くこともあります。
撮影・合成
レイアウトでは、カット内でのカメラワークや、フレーム内でのキャラクターの動き、また、特殊効果の指示などが書かれることもあります。撮影担当者もまた、レイアウトの指示を見ながら、最終的な画面をつくりあげていきます。撮影は現在、そのすべての作業をコンピューター上で行い、各素材の合成もこの工程で行なわれます。
■レイアウト用紙

① タップ穴
原画や背景などの位置を合わせるための基準となるもの。作画の際には、タップ穴で位置合わせをしながら原画や動画は描かれます。撮影台を使っていた時代には、撮影の際にもタップで位置を合わせていました。コンピューターにデータを取り込む際の位置あわせとして、タップ穴は今でもレイアウト用紙に残されています。
② カットナンバー/TIME
カットナンバーがここに書かれます。宮崎監督作品は、基本的にカットナンバーのみですが、高畑監督作品は、シーンナンバーとカットナンバーのふたつで構成されます。TIMEには、そのカットの秒数が書かれます。
③ フレーム
レイアウト用紙には、点線と実線のふたつのフレームがガイドラインとして記されています。内側の点線のフレームは、“安全フレーム”とも呼ばれます。主たるキャラクターの演技などは、この安全フレームの中で行うのが基本です。また、上映される劇場の状態や、放映されるテレビなどの個体差によって、若干の見え方の差があったのですが、この“安全フレーム”内であれば、確実に見えるというガイドラインでもありました。
■レイアウト用紙の種類
レイアウト用紙は、上映(放映)フォーマットによって、いくつか異なる大きさのものがあります。また、これは制作スタジオによっても異なります。スタジオジブリでは、劇場映画の場合、おもに「150フレーム」と呼ばれるサイズの用紙が使われます。ただし、「耳をすませば」「猫の恩返し」「海がきこえる」では、時間と費用の節約を考えて、ひと回り小さい「120フレーム」と呼ばれるサイズの用紙が使われました。また「ホーホケキョとなりの山田くん」では、ざっくりした線画のタッチを生かすために、さらに小さい「100フレーム」の用紙を使っています。これは、テレビシリーズなどで使用される用紙と同じ横幅ですが、天地を切ったさらに小さなサイズとなっています。
ここでは、レイアウトをつくる際に使われる用語の中から代表的なものをいくつか紹介します。レイアウトにはアニメーターに対する指示、背景美術担当者に対する指示、撮影担当者に対する指示などが書かれています。用語については、スタジオなどの違いによって同じ言葉でも若干意味が異なる場合がありますが、ここではおもにスタジオジブリでの使用例ということでまとめています。
セル
セル画で描かれるべき素材のことを指します。現在はセルは使われていませ んが、「かつての工程であればセルで描いていただろう部分」という意味で、現在も用語として「セル」という言葉を使う人もいます。レイアウトでは、セル部分はわかりやすいように赤鉛筆などでマーキングされることがあります。
BG
バックグラウンド=背景画のこと。上記の「セル」の指定があるところ以外は、基本的にはBG(背景画)となります。
BOOK
通常の背景画以外に描かれる背景画のパーツ。例えばキャラクターが木の後ろを通ったりする場合は、通常の背景画の上にキャラクターのセル画が入り、さらにその上に木のみをセルもしくは画用紙などに描いたBOOK素材がつくられます。またカメラが移動する場合に、遠景はゆっくり近景は速く動きますので、その場合も、背景画とBOOKに分けて描きます。
クミ
組み線の略称。画面の中で、キャラクターの一部が背景に隠れているときなどに、そのキャラクターと背景が接する部分を「組み線」といいます。この線を基準にして、作画と背景の担当者がそれぞれ、はみ出したりずれたりしないように描く必要があります。
ハーモニー
セルに描かれた絵ですが、背景画のようなタッチで塗られている技法のこと。「風の谷のナウシカ」に登場する王蟲、「ハウルの動く城」の城などが、ハーモニー処理の代表的なものです。複雑な動きはできませんが、重厚な表現が可能になります。「ハウルの動く城」ではハーモニー素材をCGと組み合わせることによって、従来以上に複雑な動きが可能になりました。
in/out
画面の外から入ってくるものを「in」、画面の外に出ていくものを「out」と指示をします。
ダブラシ
地面に落ちる影や、水などで透きとおって見える部分の効果を出すための撮影技法で二重露出のこと。「Wラシ」と書かれることもあります。あらかじめ透明度を出したい部分を別のセルに分けて描き、例えば、まずその別セルを重ねずに半分の露出で撮影、その後、別セルを重ねて再度半分の露出で撮影します。すると、別セル部分のみが通常の半分の露出のまま、透き通ったようになります。また、2回の撮影時に露出バランスを調整することで濃淡を変えることができます。
T光/トーカ光
透過光のこと。車のライトのように光を発するものを表現する際に使われます。撮影の際に光らせたい部分以外はマスクで覆って、台の下から直に光をあてて撮影していました。「ダブラシ」と同様、二度撮影することでつくられる表現です。現在は、コンピューター上でつくることができます。
Follow/フォロー
カメラワークのひとつで、動いている被写体に対して、カメラが移動しながら、動きを追うこと。アニメーションではカメラは固定されているので、フォローをする際には動画でキャラクターを動かし、背景とBOOKを引くことによって表現されます。その際、BOOKと背景の動く速度を変えることによって、さまざまな移動の表現が可能になります。
PAN/パン
カメラワークのひとつで、カメラ位置は固定しながら、レンズを上下または左右に振ること。下から上にカメラを振ることをP・U(パン・アップ)、上から下にカメラを振ることをP・D(パン・ダウン)といいます。PANを表現する際には、レイアウト用紙は大判のものが使われることがほとんどです。
T・U/T・B
トラック・アップ/トラック・バック。カメラワークのひとつでカメラが前に移動しながら撮影することをトラック・アップ、逆にカメラが後ろに後退することをトラック・バックといいます。これも実際にカメラが前進・後退をするわけではなく、大判の素材を使うことで擬似的に再現しています。
つけPAN/Follow PAN
PANと同じくレンズが被写体の動きを追いかけるカメラワークですが、レンズを振ることでキャラクターの動きを追いかけるといった表現の場合「つけPAN」となります。
マルチ
マルチプレーンの略。平面的な絵を使って擬似的に奥行きがあるようにみせる撮影技法。例えば手前のものと真ん中のものといちばん奥の背景とを間隔をとって撮影し、手前にピントを合わせて奥をぼかしたり、あるいはその逆にすることによって遠近感が表現できます。またこれを応用して、手前から奥へと縦に進んでいくような表現をつくることも可能です。現在では、こういったシーンを再現するためには3DCGが使われます。CGを使えばより自然に手前から奥への移動などを表現することができます。
密着マルチ
マルチプレーンの別バリエーション。マルチでは、複数の素材を、間隔をあけて置いていますが、それらをくっつける=密着させて撮影することからこの名がついています。密着させることによって、立体的な構図でありながら、すべての素材にピントがあったものになります。密着マルチの場合は、縦の移動ではなく横の移動(フォロー)の際に使われることが多く、その際に各素材の引っぱりスピードを変えることで奥行きを表現します。
移動(フォロー)スピードについて
レイアウトにフォロー(移動)の指示があって、背景やBOOKを動かす必要がある場合、その動かすスピードもあわせて記されます。たとえば、「BOOK1K/0.25mm→」と書かれている場合、該当するBOOKを左から右へ、1コマ0.25ミリ動かすという意味になります。映画のフィルムは1秒間に24コマで構成されます。1コマ=1/24秒に0.25ミリ動かす、つまり1秒間に6ミリ動かすということになります。複数のBOOKを異なるスピードで動かす場合、それぞれのBOOKごとに移動速度の指定が必要になります。