中日互译|重阳节——中日两国的菊花情结与敬老传统
日语炸鸡老师
2025年10月29日 10:27

重阳节,农历九月初九,是中国传统节日中的重要一员。因“九”为阳数,两九相重,故曰“重阳”。这个节日承载着登高避灾、赏菊饮酒、佩插茱萸等传统习俗,在历史长河中逐渐演变为尊老敬老的象征。无独有偶,日本在吸收中国唐代文化的同时,也将重阳节引入国内,经过本土化改造,形成了独具特色的“菊の節句”。重阳文化在中日两国的传承与演变,恰是两国文化交流互鉴的生动写照。

重陽節は、旧暦の九月九日にあたる中国の伝統的な重要な祝日の一つである。「九」は陽数とされ、二つの九が重なることから「重陽」と呼ばれる。この節句には、古くから高い所に登って災厄を避ける「登高」、菊を鑑賞し酒を飲む「賞菊飲酒」、茱萸を身につけるといった風習があり、長い歴史の中で次第に「敬老・尊老」の象徴として発展してきた。偶然にも、日本でも唐代の中国文化を受け入れる過程で重陽節が伝わり、やがて日本独自の形に発展し、「菊の節句」として定着した。重陽文化の中日両国における伝承と変遷は、まさに両国の文化交流と相互理解の生きた証と言える。

中国的重阳节习俗源远流长。登高望远,既是对自然的亲近,也暗含避灾祈福的美好愿望;赏菊饮酒,菊花被誉为“花中隐士”,其高洁品格历来为文人墨客所称颂;佩插茱萸,则源自古老的驱邪避疫传统。唐代诗人王维的“独在异乡为异客,每逢佳节倍思亲。遥知兄弟登高处,遍插茱萸少一人”更是将重阳节的思亲之情表达得淋漓尽致。现代社会,重阳节被正式定为“老年节”,各地组织开展丰富多彩的敬老活动,传统节日被赋予了新的时代内涵。

中国の重陽節の風習は、きわめて長い歴史をもっている。高い所に登って遠くを望む「登高」は、自然に親しむ行為であると同時に、災厄を避け、幸福を祈るという願いも込められている。菊を愛で、酒を酌み交わす「賞菊飲酒」では、菊の花が「花中の隠士」と称えられ、その清らかで高潔な品格は古来より文人たちに讃えられてきた。また、茱萸を身につける風習は、邪気を払う古代の祈りに由来する。唐の詩人・王維の詩「独り異郷に在って異客と為り、佳節に逢う毎に倍ます親を思う、遥かに知る兄弟高きに登る処、遍く茱萸を挿して一人を少くを」は、重陽節に寄せる家族への思慕を見事に表現している。現代においては、重陽節は正式に「老人の日」と定められ、各地で敬老の行事が盛んに行われている。こうして伝統的な節句は、新たな時代的意義を与えられながら受け継がれている。

日本的重阳节始于平安时代,最初是宫廷节日,后逐渐普及到民间。日本人将重阳称为“菊の節句”,菊花成为绝对的主角。日本皇室的家徽便是菊花,可见其在日本文化中的地位。重阳时节,日本人会举办“品菊会”,饮用菊花酒,食用菊花饼,甚至在夜晚用棉花覆盖菊花,次日用沾满露水的棉花擦拭身体,以求健康长寿。虽然现代日本的重阳节不如从前隆重,但菊花依然是秋季不可或缺的元素,各地菊花展络绎不绝,延续着千年来的赏菊传统。

日本の重陽節は平安時代に始まり、当初は宮中の行事として行われていたが、次第に庶民の間にも広まっていった。日本では重陽を「菊の節句」と呼び、菊の花が主役となる。日本の皇室の御紋が菊であることからも、その文化的地位の高さがうかがえる。重陽の時期には、「菊合わせ」が催され、菊酒を飲み、菊餅を食べる風習がある。また、夜には菊の花を綿で覆い、翌朝その露にぬれた綿で体を拭うことで健康と長寿を願うという独特の習慣も伝わっている。現代の日本では、かつてほど盛大には祝われないものの、菊の花は今なお秋を象徴する欠かせない存在であり、各地で菊花展が開かれるなど、千年以上にわたる菊を愛でる伝統が脈々と受け継がれている。

重阳节在中日的不同发展路径,反映了两国文化的差异。中国重阳节强化了其敬老内涵,与孝道文化紧密结合;日本则更注重菊花的审美价值,将其融入自然崇拜的传统。这种差异恰是文化本土化的必然结果。值得注意的是,无论是中国的尊老传统,还是日本的菊花情结,都体现了东方文化对生命的尊重与对自然的敬畏。

重陽節が中日両国でたどった異なる発展の道筋は、両国の文化の違いを如実に反映している。中国の重陽節は「敬老」の意味を強め、孝道文化と深く結びついて発展してきた。一方、日本では菊の美的価値に重きが置かれ、自然崇拝の伝統の中に溶け込んでいる。こうした違いは、文化の土着化という必然的な結果と言えるだろう。注目すべきは、中国の「敬老の伝統」であれ、日本の「菊への愛着」であれ、いずれも東洋文化に共通する「生命への尊重」と「自然への畏敬の念」を体現しているという点である。